「計算機科学の研究は役に立たない」

http://d.hatena.ne.jp/KZR/20080331

Mencius Moldbug, What's wrong with CS research
コンピューター・サイエンス――いわゆる "CS" は,何も面白いものを生み出したりはしない,という暴言。

せっかく面白い話なのに、proof carrying codeとかC言語の形式的意味論とかの各論に、論理の飛躍やテクニカルな誤り(単によく知らないだけ?)が多いせいで「暴言」になっていてもったいないです…。"Computer Science"と自然科学と数学の対比や、TAPL/ATTAPLに関する下りはちょっと同意します。というかBenjaminも「もう書きたくない」と言っていました。:-)

それはともかく、全体として提起されている問題意識ですが、自然科学や数学では確立している、基礎研究と応用の(「つながり」よりもむしろ)「すみわけ」が計算機科学では成熟していないせいじゃないか、と私は思ってます。たとえば相対性理論フェルマーの大定理が「ユーザの役に立たない」とか「税金の無駄遣いだ」とか文句を言う人は(あまり)いないですよね。

追記:「ネタにマジレス」っぽいですが、(結論はともかく途中の)明らかな論理的・技術的誤謬を本気にする人がいると残念なので、激しく野暮&遅レスを承知でコメントしてみました。一部抜粋:

Do you think your heroes developed "interesting, cool and relevant software" out of thin air on their own? Just for one example, did Guy Steele invent Scheme without knowing lambda-calculus? And when was lambda-calculus studied first? This is just an example, and most good research is like that! (Or, if you believe the present CS research is worse than research at the time of Church---which may or may not be true---you need to argue for that.)

ちなみに、
http://d.hatena.ne.jp/KZR/20080401

物事に価値があるかどうかを客観的な視点から評価することができるのは,ユーザーだけだ。ユーザーがいなければ,物事に価値など与えることはできない。これは極論だと思うけれど,もしその極論を受け入れるなら,純粋にアカデミックな研究――つまり,研究者を相手にした研究などは,とうてい無意味なものであるという結論に辿り着くだろう。

この論理もちょっとよくわかりません…。普通は「基礎研究」→「応用研究」→「実用」のようなユーザのレイヤーがあるので(実際にはもっと何層もあると思います)、「研究者相手の研究」にユーザがいない、というのは事実ではありませんし、そういう意味ではユーザからきちんと評価されていると思います。(もし「まだエンドユーザがいない、あるいは評価できないものは価値がない」という仮定だったら極論としても明らかに偽なので、それを「受け入れ」ても意味のある結論は得られないように思います。)

物事の進歩は小さな改良の積み重ねによって起こるものなのに,新たな価値が創出される瞬間というのは,そういった加算的な進歩の流れからは外れた飛躍が発生する。というか,発生しなければならない。ただそれは,必然的に発生する進歩とは別で,大いに偶然性の絡むものであるように感じられる。ダメなときはダメってことを受け入れなきゃならないってことだよ。

ある程度の偶然は確かにあると思いますが、私は「小さな改良の積み重ね」に基づかない「飛躍」を寡聞にして知りません。「ダメなとき」=「うまくいかない科学的理由が明白になったとき」(また例が悪いかもしれませんが、錬金術と質量保存則とか)ならばわかりますが、単に「今現在、役に立たないからダメ」と(数年や数十年で)諦めてしまっては、小さな改良も、飛躍も起こらないのではないかと思います。

むしろ、「現在の計算機科学(ないしプログラミング言語理論)は永久に役に立たない」と思っている人がいるから、元エントリのような話が出るのではないかと思うので、「なぜ永久に役に立たないと(その人は)考えるのか」という部分に興味があります。ひょっとしたら現在の研究の本当の問題が明らかになるかもしれませんし、あわよくば:-)解決に結びつくかもしれません。あるいは単に、やはり基礎研究と応用のすみわけが成熟していないせいで、まだ実用化には時間のかかる研究を「役に立つ」と研究者が宣伝しすぎている反動かもしれません。

ちなみにRadium Softwareはてなに移転していたので、恐る恐るトラックバックを送ってみたのですが、やはり表示されないようですね…。コメントまで書き込むのは何となく気が引ける感じのブログなのですが、独白っぽい文体のせい?

追記2:すばらしい洞察(?)。